貧困・虐待・ヤングケアラーそんなの昔は当たり前たった。では、昔の当たり前が今はなぜ問題なのか?
『貧困・孤立からコモンズへ』出版によせて
札幌若者支援総合センター(Youth+センター) 館長 松田考
そんなの、昔はみんな当たり前だった。貧困、虐待、ヤングケアラーなど、子どもや若者を取り巻く社会課題に携わっていると、しばしば耳にする言葉だ。昔の子どもたちは集まれば「腹減ったなぁ」が合言葉で、丸めた新聞紙のボールを持ち寄って遊び、誰もが近所の頑固爺からゲンコツを食らい、家に帰れば小さな弟や妹をおぶっていた。そう、そんなの昔はみんな当たり前だったのだ。
では、昔の当たり前が今はなぜ問題なのだろうか。想像してみてほしい。「腹減ったなぁ」は、もはや仲間の合言葉ではなくなった。ゲームが無ければ、持ち寄って遊ぶ輪に入れない。理不尽な暴力を受けていても、それを周りに知られることは恥ずかしい。きょうだいの世話のために、放課後は誰より先に教室を出る。そんな日々が「あなただけの当たり前」だとしたら、現代の子どもや若者を取り囲む社会課題は「孤立」に収束することができるだろう。
本書は、そんな孤立に立ち向かう12人のトップランナーによる共闘の足跡である。第Ⅰ部では、研究者が中心となって豊富なデータに基づいた冷静かつ客観的な分析を通じて、今の子どもや若者が抱える孤立リスクの正体を明らかにしていく。しかし、読み進めていくうちに、単なる考察を超えたメッセージが込められていることに気づく。こども家庭庁への期待やNPOなどの市民活動へのエールがそれであり、全ては「子どもの未来をあきらめない」という強い希望を伴って第Ⅱ部へと続いていく。
第Ⅱ部では、各分野の実践者が抱える課題が読み手に共有される。多くのSOSに応えてきた著者たちでさえ、「そもそも助けてと言えない子どもや親がいる」ことを揃って強調する。外国にルーツのある子どもたちや貧困状態にある子どもたちに学習支援が必要であることは分かっていても、当人が「将来のために勉強しよう」と思わなければ、支援のスタートラインに立つことすら難しい。
終章では、編者である青砥恭がローカル・コモンズという概念を提唱し、本書の希望と課題を統合する。青砥によれば、ローカル・コモンズとは包摂的な地域コミュニティであり、究極的には「地域のこどもたちを地域のみんなで育てていく」という価値を共有するまちづくりである。
誰もが貧しく助け合っていた昔をただ懐かしむのではなく、現代社会の課題を個人や世帯に押し込めて孤立させるのでもなく、新しい時代のローカル・コモンズを子どもたちと共に創っていく。そこに希望を見出すのである。課題でさえも寄せ集まれば希望となる。その点で本書もまた、ローカル・コモンズである。