書評:青砥恭+さいたまユースサポートネット編『貧困・孤立からコモンズへ 子どもの未来を考える』(太郎次郎社エディタス、2024年)山田哲也(一橋大学教授)
多重の困難に直面する子どもたちへの支援の営みは、闇夜を航海するような試練に満ちている。一見すると理解しがたい振る舞いの背景を探り、子どもにとって最善の利益となり得る対応を模索する。手探りのなかようやく手応えを感じた関わりが、別な場面でまったく通用しなくなることもある。自らがよってたつ基盤を見失う場面が生じたとき、どうすればめざすべき場所に少しでも近づけるのか。
暗夜を切り裂く灯台の光は、目的地への道筋を示すよすがとなり、航路を見失いそうになった旅人を勇気づける。本書『貧困・孤立からコモンズへ』は、子どもの貧困をめぐる問題に関わってきた研究者・実践者たちによる寄稿をかがり火とし、さいたまユースサポートネットのこれまでの取り組みを照らし出すことで、支援をめぐる困難のさなかにある人びとに、灯台のような指針を示そうとする一冊である。
2023年10月〜2024年1月にさいたまユースサポートネットが開催した連続講座「子どもの貧困15年、こども家庭庁に求めるもの」と同講座と連動した総括シンポジウムをもとに編まれた本書は、長年にわたり不可視化されてきた子どもの貧困が、早急に対処すべき社会問題として再認識された2000年代後半からの15年を、それぞれの論者が振り返る構成をとっている。
「5つの視点」と題した第I部では、社会保障・福祉、若者の社会的移行とキャリア形成に関する研究を牽引してきた第一人者たちが、それぞれの専門に則してこの間の日本社会で生じてきたマクロな構造変動を論じている。評者なりにその構図を概括すると、①性別役割分業を前提とした家族・②同調を求める圧力の強い学校教育・③稼ぎ手男性の全人的なコミットを求める企業の相互協力関係のもとで形成されていた「標準的」ライフコースの維持が困難になるなかで、人びとの生を支える教育・福祉の(準)市場化と連動して社会的な排除が拡大し、個人の自助努力・自己責任が強調される、そのような社会構造の変化が示されている。
第II部「5つのアプローチ」では、こうした変化に抗して、子どもたちの生の基盤を支える草の根の取り組みを積み重ねてきた人びとやかれらの伴走者たちが、支援の要となる基本的な考え方、原理・原則を提示するパートである。それぞれ力点は違うものの、困難を抱える人びとの問題を自己責任論に還元せず社会のあり方に問題・課題を見いだす視点の重要性、安全と安心を保障し、存在の承認を得られる場づくりを基本とすること、既存の制度の隙間を埋めつつそれぞれの制度のあり方をより公正なものへと組み替えてゆく粘り強い取り組みを継続することなどが共通する姿勢だ。
第I部で描かれる社会構造の変化は、総じて言えば子どものウェルビーイングに負の影響を及ぼす懸念が強い。他方で、こども家庭庁の創設をはじめ、子どもやその保護者を支援する法制度の整備が進展するなど、この間に生じたことがらは必ずしも悪いことばかりではない。本書全体を通読すると、十分な予算の裏づけがなく理念のみが先行する現状のなか、よりよい方向へとものごとを推し進めるためのさまざまなヒントを得ることができるだろう。
これらの論考に加え、本書では編者の青砥氏による序文と終章、各部の末尾に配置されたコラム・対談で、さいたまユースサポートネットの歩みがこの間の社会全体で生じた変化と重ね合わせられている。自らの実践の蓄積と研究者・支援者たちとの対話を通じて青砥氏が見いだした展望は、地域の住民が主体となり、地域の社会課題の解決をめざす「ローカル・コモンズ」の形成である。公助を縮小し自助のみを強調する現状に抗して、新たな共助の創出をテコに公助の再編・拡充をめざすこの構想は、子ども支援に関わる人びとが、よりよい社会の姿を構想し、その実現に向けて歩み続ける際の灯火となるだろう。